クリーンでコードを弾くと、ピッキングの強さで音量がバラついてしまう。かといって単音のフレーズに入ると、今度は音が伸びずに途中で痩せていく。アンプの前でどれだけ丁寧に音を作り込んでも、この二つを同時に解決するのはなかなか難しいものです。
TC ELECTRONICのHyperGravity Compressorは、その両方に手を届かせるために、同社のスタジオ用プロセッサーSYSTEM 6000で使われているマルチバンドコンプレッションのアルゴリズムをコンパクトペダルに落とし込んだモデルです。ペダルサイズのコンプレッサーとしては珍しい設計思想を持った一台で、音作りの自由度も一般的な2ノブコンプとは大きく異なります。
HyperGravity Compressorとは
HyperGravity Compressorに搭載されているマルチバンド・ダイナミクスアルゴリズムは、スタジオ用プロセッサーSYSTEM 6000に搭載されているものと同じMD3コンプレッションアルゴリズムです。高域・中域・低域をそれぞれ独立したバンドとして処理する構造になっています。
マルチバンドコンプレッションで何が変わるのか
一般的なコンプレッサーは、入力された信号を帯域で分けずに、ひとかたまりのまま압縮します。この方式だと、たとえば6弦を強く弾いた瞬間に低域のエネルギーがスレッショルドを超え、その影響で高音弦の成分まで一緒に押し込まれてしまいます。コードを弾いたときに高域が引っ込んで聴こえたり、いわゆる「ポンピング」が気になったりするのは、この構造が原因です。
マルチバンドコンプレッサーは、信号を複数の周波数帯に分けてから、それぞれを個別に処理します。低音弦の強いアタックを抑えている間も、高域はそのまま素通りできる。結果として、シングルバンドのコンプレッサーでは避けられなかった不自然な「息づき」が起こりにくくなります。低音弦と高音弦の音量差が揃いにくいギターほど、この違いは分かりやすく出ます。
原音はデジタル変換されない
HyperGravity Compressorはデジタル処理のペダルですが、アナログ・ドライスルー構造を採用しており、原音はA/D変換を通らずそのまま出力に届きます。デジタルコンプに対して「音が硬くなるのでは」という不安を持っている方にとっては、判断材料のひとつになるはずです。バイパス時はトゥルーバイパスで完全に信号経路から外れます。
3つのコンプレッションモードと使い分け
本体上部の3ウェイトグルスイッチで、コンプレッションのキャラクターそのものを切り替えられます。単にプリセットが3つあるのではなく、動作アルゴリズムごと入れ替わる点がこのペダルの核心です。
Spectra|マルチバンドの本領
SYSTEM 6000譲りのマルチバンドコンプレッションが動作するモードです。帯域ごとに個別に処理されるため、コンプレッサー特有の「かかっている感じ」を前面に出さずに、音量のばらつきだけを整えていく方向の使い方に向きます。
クリーンやクランチでのバッキング、アルペジオ、カッティングなど、和音のバランスを保ったまま粒を揃えたい場面が主戦場です。常時オンにしておくタイプの使い方をするなら、まずはこのモードから始めるのが分かりやすいでしょう。
Vintage|クラシックなストンプボックスの効き方
古くから親しまれてきたコンパクトコンプレッサーらしい、はっきりと分かる圧縮感が得られるモードです。TC ELECTRONICはこのモードを、パーカッシブなカントリー系のトーン、タイトなファンクのカッティング、伸びやかなサステインを狙ったリードといった用途に向くものとして位置づけています。
Spectraが「気づかせない」方向のコンプレッションだとすれば、Vintageは「効果として聴かせる」方向。同じペダルの中に性格の異なる二つのコンプが同居していると考えると、使い分けのイメージが掴みやすくなります。
TonePrint|3つ目の枠は自分で決める
読み込んだTonePrintの設定で動作するモードです。アーティストが作成したTonePrintをそのまま使うこともできますし、後述のTonePrint Editorで自分専用の設定を作り込んで、この枠に置いておくこともできます。SpectraとVintageという固定の2択に、可変のスロットがもうひとつ加わる構成です。
4つのノブと音作りの手順
コンプレッサーは効果が耳で分かりにくく、設定に迷いやすいエフェクターです。HyperGravity Compressorの各ノブが何を担当しているかを押さえておくと、遠回りをせずに目的の音に近づけます。
SUSTAIN|スタジオ用コンプのThresholdにあたる
コンプレッションのかかる量を決めるノブで、スタジオ用コンプレッサーのThresholdに相当します。上げるほどスレッショルドが下がるため、コンプレッサーが動作する頻度が増え、ダイナミクスが圧縮されていきます。
低めに設定すればスレッショルドは高くなり、大きな音が出たときにだけ軽く効く状態になります。クリーンのバッキングで音量差だけ整えたい場合は、この領域が扱いやすいところです。逆に高い設定とLEVELを組み合わせると、圧縮感の強い、サステインの長いサウンドに振れていきます。
オートメイクアップゲインとノイズの関係
HyperGravity Compressorはメイクアップゲインを自動で適用します。コンプレッサーはピークを抑えることで全体の音量を下げてしまうため、その分を補うゲインが自動的に加わる仕組みです。SUSTAINを上げるほどメイクアップゲインも増え、結果として信号は大きくなっていきます。
ここで頭に入れておきたいのが、ノイズフロアも信号と一緒に増幅されるという点です。SUSTAINを高く設定するほどノイズは目立ちやすくなります。TC ELECTRONIC自身もマニュアルでこの点に触れており、SUSTAINとLEVELのバランスを探ることを勧めています。「コンプを深くかけたらノイズが増えた」という現象は故障でも不良でもなく、コンプレッサーという機材の構造上そうなるものだと理解しておくと、設定で対処できるようになります。
ATTACK|アタック感を残すか、潰すか
フルコンプレッションがかかるまでの速さを決めるノブです。アタックタイムが短いほど早く圧縮が始まり、長くすればピッキングの立ち上がりがそのまま通過します。
短めの設定はチキンピッキングのような素早いアタック感に、長めの設定は開放的でパンチのあるコンプレッショントーンに向かいます。トランジェント(音の立ち上がり)は他の部分より格段に音量が大きいため、ここを強く圧縮しすぎると不自然さが出ることがあります。適切な位置は奏法・楽器・前後の機材によって変わるので、実際に弾きながら詰めていくノブだと考えてください。
LEVEL|出力レベルとブースト
全体の出力レベルを決めるノブです。バイパス時と音量を揃える用途にも、ソロで前に出るためのブーストにも使えます。後述のBLENDと相互に影響し合う関係にあり、LEVELを絞りきるとBLENDで扱う信号自体がなくなる点は覚えておくと迷いません。
BLENDノブがもたらす「パラレルコンプレッション」
HyperGravity Compressorを他のコンパクトコンプと分ける大きな要素が、原音とコンプレッション後の信号のバランスを取るBLENDノブです。最大にすればコンプレッションされた信号だけが出力され、絞っていくほど原音の成分が混ざります。
この構造によって可能になるのが、パラレルコンプレッション(ニューヨーク・コンプレッションとも呼ばれる手法)です。もともとはドラムのミックスで、原音に深くコンプをかけた信号を混ぜることで音圧と迫力を両立させるために使われてきた技法で、同じ考え方はギターの信号にも有効です。
実用上のメリットは分かりやすいところにあります。深くコンプをかけて音を持ち上げたい、でもピッキングのニュアンスは殺したくない——この相反する要求を、原音を混ぜることで両立させられます。SUSTAINを高めに設定してもBLENDで原音を戻せば、アタックの生々しさを保ったまま音量を揃えられるわけです。2ノブのコンプレッサーではどうしても選べなかった中間地点が、ここで選択肢に入ってきます。
なお、パラレル接続のエフェクトループで使用する場合は、BLENDを最大にして本機の出力から原音成分を取り除く必要があります。ループ側で原音がミックスされるため、ペダル内でも混ぜてしまうと二重になるためです。
TonePrintでできること
TonePrintは、ペダル内部のパラメーターを外部から書き換えられるTC ELECTRONICの機能です。表に出ている4つのノブの裏側には、通常は触れられない多くのパラメーターが存在していて、TonePrintはそこにアクセスするための入口にあたります。
アーティストのTonePrintを読み込む
iOS・Android向けのTonePrintアプリから、無料でTonePrintを転送できます。転送方法が独特で、ギターをペダルに接続してスマートフォンのスピーカーをピックアップに近づけ、アプリの転送ボタンをタップするというもの。専用のケーブルやインターフェースを用意する必要はありません。
コンプレッサーの設定に自信がない段階では、まず配布されているTonePrintをいくつか試してみるのが近道です。完成された設定を耳で確認することが、そのままコンプレッションの理解につながります。
TonePrint Editorで自分専用の設定を作る
Windows・Mac・iPad向けのTonePrint Editorを使えば、自分でTonePrintを作成できます。各パラメーターを直接調整できるのはもちろん、ノブに割り当てる機能そのものと可変範囲まで変更可能です。編集結果はリアルタイムで確認できるため、音を出しながら詰めていけます。こちらも無料で提供されています。
たとえばATTACKノブの可変範囲を自分がよく使う狭い領域に絞り込めば、ライブ中の微調整が格段にやりやすくなります。市販のペダルを自分の手に合わせて仕立て直せる、というのがTonePrintの実質的な価値です。
接続・電源まわりの実用情報
電源とパワーサプライ
電源は9V DC センターマイナス、5.5/2.1mmの標準的なプラグで、100mA以上の供給能力が必要です。電源アダプターは同梱されていないため、別途用意することになります。ハムノイズを抑えるという観点では、アイソレート出力を持つパワーサプライが推奨されています。
9V電池での駆動にも対応しています。裏面のツマミネジを外してバックプレートを開ける構造で、電池は同梱されていません。ただし100mAという消費電流を考えると、常用するならパワーサプライを用意したほうが現実的です。
バッファードバイパスへの切り替え
出荷時はトゥルーバイパスですが、バックプレートを開けた内部にDIPスイッチが2つあり、電源ジャック寄りの上側のスイッチでバッファードバイパスに変更できます。
ギターから最初のペダルまでのケーブルが長い場合、ボード上のペダル数が多い場合、ボードからアンプまでのケーブルが長い場合には、信号チェーンの最初と最後のペダルをバッファードバイパスにするのが有効とされています。ボードの規模が大きくなってきたときに、この切り替えが効いてくる場面があります。
アンプのエフェクトループでも使える
TonePrint対応ペダルは広いゲインレンジを持ち、インストゥルメントレベルとラインレベルの両方で動作するよう設計されています。そのため、チューブアンプのエフェクトループに組み込む使い方も可能です。入出力はアンバランスなので、接続には通常のTS標準ケーブルを使用します。
HyperGravity Miniとの違い
ミニ筐体版のHyperGravity Mini Compressorも用意されています。搭載されているMD3マルチバンドアルゴリズムは同じで、Spectra/TonePrint/Vintageの3モード構成、SUSTAIN・LEVEL・ATTACK・BLENDという4つのコントロールという基本設計も共通です。
違いは筐体サイズと、それに伴う仕様面にあります。Miniは48×48×93mmと大幅に小型化されている一方、電池駆動には対応していません。ボードのスペースに余裕があり、電池でも動かせる柔軟性を確保しておきたいなら通常サイズ、1cm単位でスペースを詰めたいならMini、という選び方になります。ノブが小さくなるぶん、ライブ中に手や足で微調整する頻度が高い方は通常サイズのほうが扱いやすいでしょう。
向いている人・向いていない人
向いているのはこんな方
- クリーンやクランチのバッキングで、コードのバランスを崩さずに粒を揃えたい方
- コンプは使いたいが、ピッキングのニュアンスは残したい方(BLENDによるパラレルコンプレッションが答えになります)
- ナチュラル系とヴィンテージ系、性格の違うコンプを1台でまかないたい方
- 音作りを細部まで自分で詰めたい方、TonePrint Editorでの作り込みに興味がある方
- ギターとベースの両方で1台を使い回したい方
別の選択肢を検討したほうがよい方
- ノブを2つ回すだけで決まるシンプルさを最優先したい方。4ノブ+3モードという構成は、その分だけ設定に時間がかかります
- 回路構成としてのアナログにこだわりがある方。原音はアナログのまま通過しますが、コンプレッション処理自体はデジタルです
- 特定の名機の挙動そのものを再現したい方。Vintageモードはクラシックな効き方を狙ったモードで、個別モデルのモデリングではありません
スペック
| コンプレッションモード | Spectra(マルチバンド)/TonePrint/Vintage |
| コントロール | SUSTAIN、LEVEL、ATTACK、BLEND、コンプレッションタイプセレクター(3ウェイトグル) |
| バイパス | トゥルーバイパス(内部DIPスイッチでバッファードバイパスに切替可) |
| 信号経路 | アナログ・ドライスルー |
| 入力端子 | 標準1/4インチジャック(モノラル/TS) |
| 出力端子 | 標準1/4インチジャック(モノラル/TS) |
| 入力インピーダンス | 1MΩ |
| 出力インピーダンス | 100Ω |
| 電源 | 9V DC センターマイナス(5.5/2.1mm)、100mA以上/電源アダプターは別売 |
| 電池駆動 | 9V電池に対応(電池は別売) |
| USB端子 | Mini USB(TonePrintの転送・編集、ファームウェアアップデート用) |
| 外形寸法 | 72(W)×50(H)×122(D)mm |
| 同梱物 | USBケーブル(Type A – Mini-B)、ステッカー、リーフレット |
よくある質問
- ベースでも使えますか?
-
使用できます。マルチバンドコンプレッションは帯域ごとに独立して処理するため、低域のエネルギーが大きいベースとは相性のよい構造です。SUSTAINとBLENDのバランスを取りながら設定するとまとめやすくなります。
- SUSTAINを上げるとノイズが増えるのですが、不具合でしょうか?
-
不具合ではありません。コンプレッサーはピークを抑えた分をメイクアップゲインで補うため、信号と一緒にノイズフロアも増幅されます。TC ELECTRONICもマニュアル内でこの点に触れており、SUSTAINとLEVELの組み合わせでバランスを探ることを推奨しています。
- TonePrintを使うにはパソコンが必要ですか?
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読み込むだけならスマートフォンで完結します。iOS・Android向けのTonePrintアプリから、ギターのピックアップにスマートフォンのスピーカーを近づけて転送する方式です。自分でTonePrintを作成する場合は、Windows・Mac・iPad向けのTonePrint Editorを使用します。
- 電池でも動きますか?
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9V電池での駆動に対応しています。裏面のツマミネジを外してバックプレートを開ける構造です。ただし消費電流が100mA以上のため、常用する場合はパワーサプライの使用が現実的です。
- デジタルコンプですが、音痩せは起きませんか?
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アナログ・ドライスルー構造を採用しており、原音はA/D変換を通らずそのまま出力されます。バイパス時はトゥルーバイパスで信号経路から外れます。
まとめ
HyperGravity Compressorは、スタジオ機由来のマルチバンドコンプレッションと、クラシックなストンプボックス系の効き方、そして自分で中身を書き換えられるTonePrintという3つの選択肢を、1台のコンパクトペダルに収めたモデルです。BLENDノブによるパラレルコンプレッションまで含めると、シンプルな2ノブコンプでは届かなかった領域まで音作りを詰められます。
設定項目が多いぶん、最初の音作りには少し時間がかかります。それでも、コンプレッサーを常時オンで使いたい方や、バッキングとリードで求めるかかり方が違う方にとっては、その手間に見合うだけの調整幅を持った一台です。
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